「風の人」 助川久美子/作曲
Anthony K./作詞
長い 長い
旅を
終えて
男は 荷を下ろし
家の中
暖炉の 上には
ポートレイト
あの頃と 変わらぬ
笑顔


白い 白い
カーテン
ゆれて
男は 窓辺で
夢の中

子どもたちの
はしゃぐ声が
今でも 耳に
響く


青い 青い
空が
もえて
男は いつしか
森の中

木陰の 墓には
忘れぬ名前

たった ひとつの


遠い 遠い
道を
越えて
男は 再び
風の中

そんな男の
残したものは

空のグラスと
祈り

寒い 寒い
季節が
過ぎて
思い出 だけが
カバンの中


ともしび さえも
風の中




アルバム
「オトナのための子守唄」から
助川久美子 vocal,woodbass
石井鉄也 acoustic guitar




2001年の初夏、ある人を思いながらギターを弾いていた助川久美子の頭に、ふとメロディーが浮かんだ。シンプルで美しい、静かなメロディーだった。

「新曲ができた」と言って、彼女からその曲を初めて聴かされたとき、私の頭に忘れかけていた遠い昔のヴィジョンが鮮やかに蘇ってきた。それは、まだ二十歳そこそこの頃、何の理由もなく、ただときどき私の脳裡をかすめていくヴィジョンだった。

枯れ草が玉になって砂埃とともに舞う荒涼とした大地、乾いた風の音、今は廃屋のようになっている懐かしいわが家へ、何をするわけでもなくたった一人で舞い戻る男・・・。

それは、私の無意識の中の心象風景だったに違いないが、彼女の口ずさむそのメロディーを繰り返し聴いているうち、やがて私は壮大な魂の物語へと誘われた。

そうしてこの曲は、彼女と私の共作のうち、いちばん歌詞が短いにもかかわらず、そしてAメロだけの極めてシンプルなメロディーであるにもかかわらず、演奏時間は目下の最長で16分を超えるという大作となった。

この曲を、初めてライブで演奏しようとする、その前の晩、助川久美子は、歌詞のついたこの曲を人前で歌うことに、激しい抵抗を示した。「そもそも、“言葉”という意味を必要としないのが音楽のはず。それになぜわざわざ意味をくっつけて、しかも自分の声で歌わなければならないのか」というのが彼女の主張だった。

私は電話で説得にかかる。「歌え」「歌わない」の電話口での押し問答は2時間を超えた。しまいには、彼女の口から「歌詞をつけずにスキャットで歌う」という言葉まで出た。あの手この手で迫る私の説得工作に、最後に彼女は「少し考えさせてくれ」と言って電話を切った。

事務所で彼女からの連絡を待つ私のもとに、やがて一通のファックスが届いた。当日の会場までの地図に彼女からのメッセージが添えられていた。

「決心しました。明日は、愛として歌います。ぜひ聴きにきてください」

ライブ当日、ギタリスト石井鉄也という頼もしいパートナーを得て、助川久美子の気分は高揚していた。そしてこの二人が最初の一音を発した瞬間、それまでややざわついていた客席は、水を打ったように静まり返り、即興演奏も交えた40分を超える演奏時間の間、しわぶき一つ聞こえぬその静寂は、破られることがなかった。そして最後の一音が発せられた瞬間、割れんばかりの拍手が湧き起こった・・・。以後、この曲を演奏するたびに、同じ現象が起きる。

こうして「風の人」は、押しも押されもせぬ、助川久美子の代表作の一つとなった。

文/Anthony K.